日向ぼっこという居場所
NPO法人日向ぼっこ 理事長 渡井隆行
1.日向ぼっこのはじまり
「陰があってもみんなで集まって温め合えばいい」そんな思いを込めて名付けた「日向ぼっこ」の活動は2006年の春、それぞれ異なる、社会的養護のもとで育った3人の当事者の出逢いから始まりました。年齢も性別も生まれ育った場所も職業もそれぞれ違う3人でしたが、「これから施設を退所する人たちが、自分たちが感じていた孤独を感じなくてもいいよう、施設で生活していた人たちのネットワークをつくろう」という志を掲げ、まずは施設の現状や制度を把握するために不定期で勉強会を始めました。そして2007年3月に、社会的養護を経験された人とそうでない人を交えて初めての座談会を開催し、「インケア(社会的養護の措置中の支援のこと)の中で嫌だったこと、よかったこと、もっとこうして欲しかったこと」などを語り合い、語り合った内容を意見表明文にまとめ、厚生労働省と全国児童養護施設協議会に提出しました。こうして、色々な方を招いて勉強会や座談会を続けていく中で「自分の気持ちを理解してもらえる仲間」に出会え「似たような境遇の人たちと話すことが出来る」、「ここにいてもいいんだと」思える事が必要だと言う思いが高まり、様々な方のご協力のもと2007年4月に新宿区で「日向ぼっこサロン」を開設し、2008年にNPO法人となり、東京都から地域生活支援事業(現:ふらっとホーム事業)を受託することとなりました。その後、2013年に理事長交代を機に社会的養護の当事者団体から、生まれや育ち、これまでの経験に関わらず、色々な立場の方々と共に「誰もが生きやすい社会の実現」を目指し活動していくことになり、現在まで活動を続けています。
2.活動の内容
日向ぼっこの主な活動内容は居場所事業、相談事業、発信事業の3つです。
①居場所事業
居場所事業の中心は「日向ぼっこサロン」の運営です。このサロンは来館者の方が安心して過ごすことが出来る居場所の一つになれればと思って運営しています。また、様々な人や団体とつながりを作れる場所でありたいと思っています。現在は、週3回、火曜・木曜・日曜にスタッフや来館して下さった方々でお菓子や軽食などを食べながら、日々の生活のことや自分自身が感じていることなどを語り合ったり、読書や楽器を弾くなど、自由に過ごして頂いています。
②相談事業
ご相談は来館時だけでなく、電話やメール、お手紙、SNSなど、様々な形で随時受け付けています。また、スタッフ一人ひとりが緊急用の携帯電話を持ち、24時間つながれる体制を整えています。日向ぼっこでは「ご本人の意志」を一番大切にしているので、その方自身が何をどのように思っているのか、時間をかけてお聴きし、問題を整理しながら、何が出来るのかを一緒に考えています。そして、必要に応じて、相談者の方に了解を頂きながら、他機関と連携して、様々な面からその方をサポート出来るようにしています。例えば、その方が生活していた児童養護施設や里親、親などであったり、法律に詳しい団体やシェルターを持つ団体などと連携することもあります。相談の内容は、経済的なことや、学校や職場、家庭での人間関係、日々の生活のことなど様々です。
③発信事業
日向ぼっこでは様々な活動を通してお聴きした、私達の活動に関わった方の声をできるだけ多くの方に知って頂きたいとの思いから、毎月発行している日向ぼっこ通信、講演活動、ホームページなどのインターネット、マスメディアを通して発信を行っています。また、毎年1回、日向ぼっこ展覧会を開催しています。
3.日向ぼっこ基金
3つの柱となる事業以外では、日向ぼっこ基金という無利子で貸付要件に制限がない貸付事業を行っています。日向ぼっこ基金の利用者の中には、「所持金が6円しかない。」といったぎりぎりの困窮状態で連絡を下さる方や、「給料日まで生活費が持たない」といった使用目的制限を満たさないことから他で借入が出来なかった方など、様々な理由で基金を利用しています。この日向ぼっこ基金の目的は、お金を貸し付けて終わるのではなく、基金を利用して下さる事をきっかけに、困窮解決やその方が抱えている問題を一緒に考えるような、継続的な関わりにつながることを目的としています。
4.ボランティアの廃止
日向ぼっこの利用者の年代は10代後半から30代前半位までの方の割合が多く、学生の方などもよく活動に関わって下さっています。しかし、利用者として来られた方とボランティアとして来られた方が世代等も特に違いがないのに、“支援される側”と“支援する側”になってしまい、心地悪さを感じることがありました。そこで、日向ぼっことしては、その場にいる人が自分の出来ることをしながら、サロンに参加して頂くことの方が日向ぼっこの考え方に合うのではないかという考えに至り、ボランティアを廃止することにしました。
5.活動において大切にしていること
この活動をしていくにあたって、最も大事なことは私たちスタッフと活動に関わる方との「信頼関係」だと考えています。この信頼関係を築くために、私たちはこの「①相手を尊重すること」と「②一人で抱え込まないようにすること」が大切であると考えて活動をしています。
①相手を尊重する
このことは当事者であるとか、支援者であるとかということではなく、人と人が関わるうえで一番大切で、当たり前のことではないかと思います。しかし、これまで、私達の活動に関わってきた多くの方のお話や相談を聞くと「自分が尊重されなかった」と感じている方がたくさんいらっしゃることを知りました。例えば、自分のことなのに自分の知らないところで物事が決まったという方は「自分の意見を聴かれなかった」「勝手にされた」とおっしゃっていました。周りの大人が、「その子のため」と思ってそうすることも多いようですが、ご本人は「自分の意志が尊重されなかった」と感じているようです。このことから、日向ぼっこではご本人のご意志を尊重することを大切にしています。「その方自身が何をどのように思っているのか」「何を希望されているのか」ということをその方のペースに合わせて時間をかけ、ゆっくりお聴きします。そうすることで解決への道が開けると考えています。なかには、ご自分の抱えている問題に気づいておらず、私たちと話すなかで問題に気づくという方もいらっしゃいます。この時、私たちはあくまでも「寄り添い」一緒に考える事を最優先しています。なぜなら、今、問題を抱えているかどうかに関わらず、人生にはいろいろな問題が生じます。その時、「自分で考え」「自分で決める」ということが、生きていく上で大切だと考えるからです。
②一人で抱え込まないようにすること
私たちは様々な問題を抱えた方と関わる中で、「もっと早くつながれていたら」もう少し様々な解決方法があったり、事態がここまで悪化することはなかったのではないかと思うことがしばしばあります。つまり、みなさん問題が大きくなってから、つながることが多いということです。その理由の多くは「相談出来る人がいなかった」あるいは「どこに相談していいかわからなかった」と言うことのようです。また、皆さんにも経験があるかもしれませんが、辛い、困ったなどの気持ちというのは、時として近い存在だからかえって言えない場合もあるようです。こういった理由から、一人で問題を抱え、自分で何とかしようと思うようです。しかし、所詮人一人の考えが及ぶことには限界があるものです。ましてや、未成年であれば、社会経験も少ないので、判断できかねることも多く、限られた考え、限られた情報の中から選択せざるを得ないということになります。その結果、適切な判断ができないといったことが起こる可能性が高いのです。そこで、こういったことにならないために「話せる」「話してもいい」と思える「人」「場所」とのつながりを作ることがとても大切だと考えています。さらに、「一人で抱え込まないようにする」ことは、私たちスタッフにおいても大切なことであると考えています。上述した2013年に理事長の交代があったことを書かせて頂きましたが、前理事長がまさに「一人で抱え込む」ことになり、心身の体調を崩して退職を余儀なくされたという苦い思いを経験しました。活動においては原則として「複数対応」にしています。また安心して過ごせる居場所での何気ない会話を繰り返す中で少しずつお互いを知り「信頼関係」を築き、問題が生じた時に相談しやすくなるようにしたいと思っています。しかし、自分に起こっていることを理解し、整理するのは簡単なことではなく、時間のかかるものです。ましてや、それまであまり深い関わりがない人や初対面の人に、自分が抱えている問題を言語化して話すことは容易ではありません。問題が起こってから「こんな場所があるよ。」と言われても、誰でも知らない所に一人で行くのは勇気がいるものです。そこで、まだ社会的養護のもとにいる方なら、養育者の方などから日向ぼっこを紹介して頂き、サロンに一緒に来て頂いたりして、社会に出る前に、一度でも日向ぼっこを利用して頂ければ、社会に出た後に日向ぼっこを利用して頂きやすくなるのではないかと思っています。このため、私たちは、だいたい月1回の割合で、児童養護施設などを訪問して、日向ぼっこの活動を紹介させて頂いています。また、サロンはいろいろな人が参加して下さっています多くの人との関わりの中で、様々な見方や考え方があることを知り、でも自分と同じ考えや自分の意見を受け入れてくれる人が見つかるかも知れません。多くの人との関わりが子どもにとっても、里親さんや施設の職員さんにとっても頼れる場や人とのつながりが増やすきっかけになればいいなと思います。そして日向ぼっこもその一つになれたらと思って日々活動しています。しかし、こういった私たちが大事にしてる2つのことを実践しながらの関わり方はなかなか理解してもらえないことが多いです。例えば成果が数字に表れにくいことが、理解されにくい原因のひとつであると感じています。同じ「1」という数字であっても、特に相談件数などの場合は、そこにかかる時間も、内容も全く違うことが多いからです。また、私達は継続的につながっていく、息の長い関わりを大切にしているため、同じ方が何度もいらして下さることも多く、新規の人数に比べて、既存の利用者の方の数が上回ることが多くあります。どこに成果を求めるかということは団体によってそれぞれだと思いますが、私達としてはたとえすぐに目に見える形の成果が出なくても、数にとらわれることなく、お一人お一人とのつながりを大切にしながら、活動を続けていきたいと考えています。
6.まとめ
居場所というのは、社会的養護を経験された方だけでなく、どのような方にとっても必要なものだと思っています。家族や友人、職場、趣味など様々な居場所が一人ひとりにあって、その場その場に応じて安心して過ごせる時間があることが明日への活力につながっているのではないでしょうか。日向ぼっこはそういった安心して過ごせる居場所の一つになれればと思っておりますし、こういった居場所が増えて欲しいと願って活動しております。また、社会的養護や貧困など色々な問題について、今後どう在るべきかを様々の方とともに考えながら、「誰もが生きやすい社会の実現」を目指して活動を続けていきたいと思います。