NPO法人 日向ぼっこ

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孤立する児童と親 「負の連鎖」どう断ち切る 充実求められる「社会的養護」

2016年1月6日 日本経済新聞


地域社会のつながりが薄まるなかでの現代の子育て。働き手の病気や勤め先の倒産など、困難に直面して孤立無援に陥るケースは少なくない。親の孤立は子供にも影響が及ぶ。親元で暮らせなくなった子供は様々なハンディを背負ったまま社会に出て、また孤立していく。負の連鎖を断ち切ることができるのか。親が養育できない子供を支える「社会的養護」の現状を取材した。


文京区にある2DKのマンション。NPO法人「日向ぼっこ」の活動拠点だ。児童養護施設などで育った子供の相談に乗る。「学校をやめてしまった」「アパートを借りたいが保証人がいない」「家賃が払えない」。内容は生活全般の多岐にわたる。

NPO法人日向ぼっこの渡井隆行理事長

理事長の渡井隆行さん(36)は「これまで社会的養護の当事者が気軽に集える場所がなかった。『ここにいてもいいんだ』と安心して過ごせる場所でありたい」と話す。自身も親の経済的事情などから児童養護施設で育った渡井さんは「社会に出た後のケアを含め、どんな支援が必要なのか当事者の声を政策に反映させる必要がある」と指摘する。

児童養護施設で生活する子供、約2万8000人

厚生労働省によると、親を失ったり、虐待を受けたりして社会的養護の対象になっている子供は2013年末時点で約4万6千人。このうち約2万8千人が児童養護施設で生活する。

児童福祉法は入所期間を原則18歳未満、必要な場合には20歳未満まで延長できると定めるが、ほとんどの子供が高校卒業と同時に退所する。その後の進路は大学11.4%、専門学校11.2%と、進学率は高卒者全体(大学53.8%、専門学校23.1%)を大きく下回る。70.9%は高卒で社会に出る。

成年に達しない段階で施設を出た子供たちの多くは、携帯電話や賃貸住宅の契約など様々な場面で「親権者の同意」を求められる。しかし「実親や施設、里親との関係が良好でない子供は苦労する」(渡井さん)。

日向ぼっこは本人の意向を尊重しながら、出身施設や親権者らとのやり取りをサポートすることもある。渡井さんによると、本当に困っていることを相談したり、誰かを頼るということが苦手な子供が少なくない。渡井さんは「最も頼りになるはずの親から助けてもらえなかったり、虐待されたりした経験があるからではないか」と話す。

施設への入所理由、際立つ児童虐待の増加

14年度に全国の児童相談所が受けた虐待に関する相談は8万8931件で、児童虐待防止法が施行される前年の1999年度の7.6倍になった。83年に9%だった虐待を理由にした児童養護施設への入所の割合は2013年に37.9%となり、増加が際立つ。厚生労働省が昨年11月にまとめた「社会的養護の課題と将来像の実現に向けて」は、虐待の急増を踏まえて「社会的養護の量・質の拡充が求められる」と指摘。同省などは里親のもとでの養育の割合や少人数制の施設を増やし、よりきめ細かいケアの実現を目指す。また、各施設に「自立支援コーディネーター」を置くなど、実社会での生活を見据えた取り組みも導入している。

「社会的養護を受ける子供の大学進学率を全体の水準に近づける必要がある」と語るのは、立教大コミュニティ福祉学部の浅井春夫教授。児童養護施設の職員を12年間務めた。

浅井教授は「希望すれば大学に挑戦できる前提があれば、生活や高校での学習への意欲も高められる」とみる。「自立するとき、いかに軟着陸するかが大事。親からの援助が期待できない子供が安定した社会生活を始めるには、ある程度の学力と学歴が不可欠になっている」。

コミュニティ福祉学部は実業家からの寄付を基に児童養護施設出身者を対象にした独自の奨学金を15年度に創設した。入学金、4年間の授業料の免除に加えて、生活支援として年間80万円が支給され、返済の必要はない。浅井教授は「社会的養護の下で暮らす子供の進学機会を保障する問題提起になればよい」としている。

虐待を受けた経験のある人は自分も子供を虐待しやすい――。各種調査などでよく示される表現だ。日向ぼっこの渡井さんは「当事者にとっては配慮のない、不安になる言葉」と強い抵抗感を持つ。経験の有無に関係なく、「周囲の助けを得られず、悩みを1人で抱え込んでしまうことで虐待は起きる」

失業、離婚、病気……。どんな家庭の子供でも生活が突然暗転し、社会的養護の当事者になる可能性は否定できない。渡井さんは「社会的養護への理解を広げるとともに、社会全体ですべての子供を守り育てていくという認識を作ることが必要ではないか」と話す。(稲沢計典)

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